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bu-doさんのお日記

日々思ったことを徒然草のようにつれつれっと書いております。

整理整頓は自分と思い出との勝負なので、たくさん書いてみる

つぶやき

年末なので実家に帰ってきました。

実家に向かう道を歩きながら、畑のあった場所にマンションが建てられていたり、ご近所さんのお家がリフォームされているのを発見して懐かしさが少し寂しさに混ざり込んだり。

 

一番きついのは実家の現状を目の当たりにすることですかね。

建物の古めかしさは仕方ないとして、荒れ果てて野良猫のたまり場と化したベランダ、食器、食料品、衣類など大が小を兼ねすぎている物の溢れ具合。

「掃除ができないから。」と現状維持を続けている家族。

 

すごく悲しいし、これが私の家族なんだと落胆する自分にげんなりしたり。

 

我が家、数年前に父とお別れしております。

実家には父の写真や仕事道具、書物など遺品の数々が残されています。

家族それぞれの持ち物があるため、物が多いのは仕方ないと思うのですが、あんなに悲しみにくれてお別れをした父の品々でさえ大切に扱えないのはどういうことなのかと思うのです。

埃にまみれた父の眼鏡、名刺入れを拭いた時は申し訳ない気持ちでいっぱいでした。

 

家族は整理整頓ができない。

これは長年一緒に暮らしていた私にも分かるし、私も整理整頓は練習中だから、どうのこうの言えないのですが。

実家を奇麗にしたいんです、汚い実家に帰りたくないという私のわがままですが。

少しずつ整理していますが、今まで父の遺品に手を付けられず、そろそろ片付けようと思い、書室から行うことに致しました。

 

すると母は用事があるためその日は家にいられないと言い出したため(片付けの際は実家住まいの家族付き添いのもと行うことにしています。)必要な本だけピックアップしてもらい、後は私がすることで話を無理矢理進めてきました。

 

整理整頓ができない人って、思い出を形にして残したがる。

形にしないと覚えていられないのでしょうか。

全て覚えていなくても、思い出を共有している人とその話題で盛り上がる時間も楽しいのになと思ってみたり。

 

とはいえ、私自身、父の思い出に触れるのですから正直言って怖いです。

仏壇に線香をあげながら、父には整理整頓をする旨を伝えました。

無事に終了しますように。